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   <title>なぜ高周波乙女回路なのか （改）</title>
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   <updated>2012-04-21T19:55:48Z</updated>
   <subtitle>いや、乙女回路だとあ○ほ○が怖いので（爆）</subtitle>
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   <title>親にいろいろと怒られた……というか、すごく心配かけた</title>
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   <published>2012-04-21T18:56:54Z</published>
   <updated>2012-04-21T19:55:48Z</updated>
   
   <summary>先日、「池田公生とお洒落倶楽部」のレコーディング合宿が終わり、自宅に帰りました。...</summary>
   <author>
      <name>Naka</name>
      
   </author>
   
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://k-otomekairo.com/blog2/">
      先日、「池田公生とお洒落倶楽部」のレコーディング合宿が終わり、自宅に帰りました。
完全に帰り着くまでにへろへろであり、自転車で何回転んだんだろうというぐらいだったようです。
その日は、とにかく帰った事をメンバーの皆さんに連絡をして、食事もせずにベッドの上でダウンしていました。
次の日も、起きない私を心配した母が何度か声をかけてくれました。　が、返事が出来ませんでした。
ただ、寝息が聞こえたのがあるので、そのままそっとしておこうと思ったとのことです。
そして、晩ゴハンというか、夜食というか。
お腹はすいている感じがするんだけど、なんだか食欲がない……。
思いつつも、ご飯を温め、おかずを温め、お味噌汁を温めてちびちびと食べていました。

なかなか箸が進まない私に母は
「残していいからね。今はお腹がご飯を受け付けようとしないんでしょ？だから、まぁ、味噌汁ぐらいは飲んで、おかずとご飯は残していいから。」
そう言いました。

何か無理に詰め込むこともできず、お味噌汁を飲んで、ご飯とおかずは残して、お茶をゆっくりと飲みました。

母は相当心配していた事を話しました。
ここ一ヶ月ほどの行動を見ていると、富士通FIPに通っていた頃の一日46時間勤務と同じように見えると。
とにかく、バスツアーから、コンサートから慰問演奏からレコーディング合宿までのスケジュールが、行動が身体や精神を壊してしまった16年前の事を思い出させられると。

夢かなの方でもやらなきゃいけないことがたくさんあるのはわかるし、お洒落倶楽部も中途半端にしたくないのは解る、けど、今の私の状態は、精神を病んだ頃に逆戻りしているように見えていて仕方がない。
コンサート行って、自分のやりたいことの一つがそこにあるんだということも理解したし、安心はした。
だけど、全部が全部、あのパワーについて行くのは、無理なんだよと。
16年前に心身を壊し、15年間ずっとずっと病院に行き続けて、「何とか動けるよ」という状況なんだよ。だからこそ、また16年前の状態に戻ってしまわないかということに、すごくすごく心配しているんだよと。
はっきり言えば、「病み上がり同然の物なんだよ」と。「基礎体力を作るための基礎体力を作らないといけない状態なんだよ」と。

もともと、うちの家系の男性は早死する率が高いのは、色々と病気となる部分の遺伝というか、体質というか、そういうものが重なっているらしい。
加えて、「やればできてしまう」から、期待が大きくなり、それに答えようとして身体を壊すのも遺伝らしい。
それを私も継いでいるわけで、それらを母はすごく心配している事を言われました。
そして、今、私がするべきこと（優先すること）、その上でやって行きたいことを決めて欲しいと言われました。

未だ、精神的、心身的・身体的に完全ではありません。
お洒落倶楽部の方たちのパワーが100あるとしたら、私はまだ50か60が限度なんだということを忘れるなと言われました。
ただ、性格的なものがあって、
できる事＞期待されること＞その期待に答えようと必死になること＞身体を壊す
いわゆる、精神的なバーストを起こす。そして
期待に添えなかった＞自分が悪かった＞落ち込む＞改善しようとして（間違えた方向で）必死になる＞心身を壊す
の堂々巡りを繰り返すだけならば、母は「私が悪者になってもいいから。お洒落倶楽部を辞めさせるよ！」とはっきりと言われました。

私は、泣いて頷くことしか出来ませんでした。
心身を壊して、治療初めて10年以上経っても未だに治りきってないのは確か。
薬に頼らなければならない身体であるのもわかってるし、飲まなければ人並みに動けない。
動けても人並み以下だったりする。
気圧の変化に身体が過剰反応をして、行動不可能になったりしてしまうのも、精密検査をしても「これだ！」原因特定が簡単に出来ない物だから、それを受け入れるしかない。
体力も基礎体力の基礎体力作りができていないのは、精神的に余裕がない状態だからと母に言われました。

「言い訳になるって言われるかもしれないけど、あんたの現状が、身体がそうやって悲鳴を上げ始めている。それは事実だし、避けようのない真実だから、言い訳でいい。言わせておきなさい。あんたのやりたいこと、今すべき事は何か。それをぶれるな！」


16年前には、耳を貸さなかった事を、今こうやって言われて、聞くことができるのは、何かの啓示なのだろうか。


ただ、理解者が増えるとは思っていないけど、コンサートに行って「良かった！」と思った母の気持ちの裏には、こういうことも含まれているんだって、知ってほしいかもなと思った。
      <p>先日、「池田公生とお洒落倶楽部」のレコーディング合宿が終わり、自宅に帰りました。<br />
完全に帰り着くまでにへろへろであり、自転車で何回転んだんだろうというぐらいだったようです。<br />
その日は、とにかく帰った事をメンバーの皆さんに連絡をして、食事もせずにベッドの上でダウンしていました。<br />
次の日も、起きない私を心配した母が何度か声をかけてくれました。　が、返事が出来ませんでした。<br />
ただ、寝息が聞こえたのがあるので、そのままそっとしておこうと思ったとのことです。<br />
そして、晩ゴハンというか、夜食というか。<br />
お腹はすいている感じがするんだけど、なんだか食欲がない……。<br />
思いつつも、ご飯を温め、おかずを温め、お味噌汁を温めてちびちびと食べていました。</p>

<p>なかなか箸が進まない私に母は<br />
「残していいからね。今はお腹がご飯を受け付けようとしないんでしょ？だから、まぁ、味噌汁ぐらいは飲んで、おかずとご飯は残していいから。」<br />
そう言いました。</p>

<p>何か無理に詰め込むこともできず、お味噌汁を飲んで、ご飯とおかずは残して、お茶をゆっくりと飲みました。</p>

<p>母は相当心配していた事を話しました。<br />
ここ一ヶ月ほどの行動を見ていると、富士通FIPに通っていた頃の一日46時間勤務と同じように見えると。<br />
とにかく、バスツアーから、コンサートから慰問演奏からレコーディング合宿までのスケジュールが、行動が身体や精神を壊してしまった16年前の事を思い出させられると。</p>

<p>夢かなの方でもやらなきゃいけないことがたくさんあるのはわかるし、お洒落倶楽部も中途半端にしたくないのは解る、けど、今の私の状態は、精神を病んだ頃に逆戻りしているように見えていて仕方がない。<br />
コンサート行って、自分のやりたいことの一つがそこにあるんだということも理解したし、安心はした。<br />
だけど、全部が全部、あのパワーについて行くのは、無理なんだよと。<br />
16年前に心身を壊し、15年間ずっとずっと病院に行き続けて、「何とか動けるよ」という状況なんだよ。だからこそ、また16年前の状態に戻ってしまわないかということに、すごくすごく心配しているんだよと。<br />
はっきり言えば、「病み上がり同然の物なんだよ」と。「基礎体力を作るための基礎体力を作らないといけない状態なんだよ」と。</p>

<p>もともと、うちの家系の男性は早死する率が高いのは、色々と病気となる部分の遺伝というか、体質というか、そういうものが重なっているらしい。<br />
加えて、「やればできてしまう」から、期待が大きくなり、それに答えようとして身体を壊すのも遺伝らしい。<br />
それを私も継いでいるわけで、それらを母はすごく心配している事を言われました。<br />
そして、今、私がするべきこと（優先すること）、その上でやって行きたいことを決めて欲しいと言われました。</p>

<p>未だ、精神的、心身的・身体的に完全ではありません。<br />
お洒落倶楽部の方たちのパワーが100あるとしたら、私はまだ50か60が限度なんだということを忘れるなと言われました。<br />
ただ、性格的なものがあって、<br />
できる事＞期待されること＞その期待に答えようと必死になること＞身体を壊す<br />
いわゆる、精神的なバーストを起こす。そして<br />
期待に添えなかった＞自分が悪かった＞落ち込む＞改善しようとして（間違えた方向で）必死になる＞心身を壊す<br />
の堂々巡りを繰り返すだけならば、母は「私が悪者になってもいいから。お洒落倶楽部を辞めさせるよ！」とはっきりと言われました。</p>

<p>私は、泣いて頷くことしか出来ませんでした。<br />
心身を壊して、治療初めて10年以上経っても未だに治りきってないのは確か。<br />
薬に頼らなければならない身体であるのもわかってるし、飲まなければ人並みに動けない。<br />
動けても人並み以下だったりする。<br />
気圧の変化に身体が過剰反応をして、行動不可能になったりしてしまうのも、精密検査をしても「これだ！」原因特定が簡単に出来ない物だから、それを受け入れるしかない。<br />
体力も基礎体力の基礎体力作りができていないのは、精神的に余裕がない状態だからと母に言われました。</p>

<p>「言い訳になるって言われるかもしれないけど、あんたの現状が、身体がそうやって悲鳴を上げ始めている。それは事実だし、避けようのない真実だから、言い訳でいい。言わせておきなさい。あんたのやりたいこと、今すべき事は何か。それをぶれるな！」</p>

<p><br />
16年前には、耳を貸さなかった事を、今こうやって言われて、聞くことができるのは、何かの啓示なのだろうか。</p>

<p><br />
ただ、理解者が増えるとは思っていないけど、コンサートに行って「良かった！」と思った母の気持ちの裏には、こういうことも含まれているんだって、知ってほしいかもなと思った。</p>
      
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   <title>福島へ行って来ました。</title>
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   <published>2012-04-16T06:41:03Z</published>
   <updated>2012-04-16T07:06:53Z</updated>
   
   <summary>福島へ行って来ました。塩屋岬にも行って来ました。 泊った民宿には見覚えありました...</summary>
   <author>
      <name>Naka</name>
      
   </author>
   
      <category term="雑談" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
      <category term="震災支援" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://k-otomekairo.com/blog2/">
      <![CDATA[福島へ行って来ました。塩屋岬にも行って来ました。
泊った民宿には見覚えありました。
以前、塩屋岬に行く時に道を間違えて入ってしまった路地に有った民宿でした。
当時の街並みと今の街並みのギャップが激しく、すごく、すごく悲しくなった……。そんな感じでした。
コンサート中も「泣くまい。泣くまい」と思っていたのですが、1日目、二日目とどちらも涙ぐんでしまいました。

以前、「がんばろう福島と言われているけれど、これ以上頑張っていて、それでも暮らしはよくならない。どうやって頑張っていいのかわからない。頑張ろうと言われるほど苦しい」そういった記事を読んだのを覚えています。
だけど、泣けない。泣いたってどうしようもない。
そんな気持ちが伝わってくる記事でした。
その気持ちは私にも分かる気がします。鬱状態だった時を思い出すと、そう言う状況だったな……と。
でも、福島の人たちに限らず、今回の震災で被害に有った人たち、被災者の方たちはもっともっと泣いていいと思います。

音楽が鍵でもいい。
泣くのを我慢して、つらい思いをしながら日々を過ごすよりも、少しでも泣いて、辛い思いを涙に変えて流して、それで前へと進めるなら、泣いていいと思います。
泣いて、本当に辛いって、今でもすごく辛いって訴えていいと思います。

福島にいる間に、大きめな地震に何度も遭い、小さな地震が度々続く。本当に揺れ続ける日を経験しました。
まだまだ、東京はお気楽状態なんだな……
対岸の火事よろしく、クライシスマネジメントもどこ行った……

福島から帰ってきて、家でご飯食べて、そのままずーっと寝てて、やっと起きてこの文章を書いていますが、寝ている間、どんだけ涙を流したのかわからないぐらいに目が腫れてます、涙のあとがパリパリしています。
そして、ぼんやりと考えるのです。
まず、復興復興と言っているけど、復興する前に瓦礫処理。
放射能の線量がどうこう言って受け入れ拒否する人がいるけれども、それ以上に放射能の被曝している人がたくさんいること。じわじわと被曝し続けている人がたくさんいることを考えたら、受け入れ拒否なんてどうして出来る？本当に自分だけ助かればいいの？
東京都も馬鹿みたいに「オリンピックを東京に」とか言い続けてるけど、それだったら瓦礫の受け入れをした上で、オリンピック誘致でしょう？
未だに、民宿の前の中学校の校庭につまれた瓦礫の山。
自分の背の高さを有に上回る程につまれた瓦礫。
どこに行くにもわからずに放置されたままの瓦礫。
これが処理されなければ、復興なんて出来ない、出来るわけない。
そう感じました。

二日目の朝、宿の周りを歩きました。
塩屋岬の灯台の階段は通行禁止になっていました。
階段下のみだれ髪の碑は無事だったようですが、センサーとかは、津波で壊れてしまったのでしょう。
以前に訪れたときは、歌声が聞こえましたが、今は歌声が聞こえません。
宿の周りは、なんとか無事に建っている建物がいくつか。あとは土台だけ。
無事に建っている家も、住んでいる人の気配はありません。
家の土台のところに献花、香台がおいてある家。
ぬいぐるみがおいてある家。
アパートの1階も窓が外れてそのままになっているところもありました。
失礼して、中を見させて頂きました。
足の踏み場もない家の中。
箪笥の引き出しが中途半端に引かれ、学習机が有ったであろう所に散らばった文房具やDVD。
家の入り口を塞ぐように物が置かれ、窓を壊して出ていくしかない状態。
ここの家族は、無事に避難出来たのだろうか。それとも……
思い出すだけでも、身震いと悲しみが溢れてきます。

被災地を見てくるだけでこんなにつかれてしまうのに、そんな中で暮らしている人たちはもっともっと疲れているでしょう。
……じゃぁ、自分にできることは？
ボランティアで炊き出し？違う。　瓦礫の片付け？違う。
報道されない被災地の状態を覚えて、忘れずにいること。うん。そうだ。
そして、被災者の方々の迷惑にならない様に、何かできる事を探す事。うん。
しっかりと伝えること。うん。
音楽療法士になるとかならないとか関係無しに、音楽で心の扉を叩いて、話を聞いてあげること、一緒に考えてあげる事。それができたら一番いいのかなと思う。
資格だどうだこうだとかよりも、経験することが一番確実なこと。大切なこと。
ただ、基本的なことを忘れてはいけない。

<strong><big>無理矢理入り込むのではなく、きちんと断りを入れて足を踏み入れること。</big></strong>

療法士だったり、精神科医だったり。それは誰にとっても基本的なこと。
ただ、時には外から声をかけてあげることも必要。



色々と学んできた、慰問でした。]]>
      <p>福島へ行って来ました。塩屋岬にも行って来ました。<br />
泊った民宿には見覚えありました。<br />
以前、塩屋岬に行く時に道を間違えて入ってしまった路地に有った民宿でした。<br />
当時の街並みと今の街並みのギャップが激しく、すごく、すごく悲しくなった……。そんな感じでした。<br />
コンサート中も「泣くまい。泣くまい」と思っていたのですが、1日目、二日目とどちらも涙ぐんでしまいました。</p>

<p>以前、「がんばろう福島と言われているけれど、これ以上頑張っていて、それでも暮らしはよくならない。どうやって頑張っていいのかわからない。頑張ろうと言われるほど苦しい」そういった記事を読んだのを覚えています。<br />
だけど、泣けない。泣いたってどうしようもない。<br />
そんな気持ちが伝わってくる記事でした。<br />
その気持ちは私にも分かる気がします。鬱状態だった時を思い出すと、そう言う状況だったな……と。<br />
でも、福島の人たちに限らず、今回の震災で被害に有った人たち、被災者の方たちはもっともっと泣いていいと思います。</p>

<p>音楽が鍵でもいい。<br />
泣くのを我慢して、つらい思いをしながら日々を過ごすよりも、少しでも泣いて、辛い思いを涙に変えて流して、それで前へと進めるなら、泣いていいと思います。<br />
泣いて、本当に辛いって、今でもすごく辛いって訴えていいと思います。</p>

<p>福島にいる間に、大きめな地震に何度も遭い、小さな地震が度々続く。本当に揺れ続ける日を経験しました。<br />
まだまだ、東京はお気楽状態なんだな……<br />
対岸の火事よろしく、クライシスマネジメントもどこ行った……</p>

<p>福島から帰ってきて、家でご飯食べて、そのままずーっと寝てて、やっと起きてこの文章を書いていますが、寝ている間、どんだけ涙を流したのかわからないぐらいに目が腫れてます、涙のあとがパリパリしています。<br />
そして、ぼんやりと考えるのです。<br />
まず、復興復興と言っているけど、復興する前に瓦礫処理。<br />
放射能の線量がどうこう言って受け入れ拒否する人がいるけれども、それ以上に放射能の被曝している人がたくさんいること。じわじわと被曝し続けている人がたくさんいることを考えたら、受け入れ拒否なんてどうして出来る？本当に自分だけ助かればいいの？<br />
東京都も馬鹿みたいに「オリンピックを東京に」とか言い続けてるけど、それだったら瓦礫の受け入れをした上で、オリンピック誘致でしょう？<br />
未だに、民宿の前の中学校の校庭につまれた瓦礫の山。<br />
自分の背の高さを有に上回る程につまれた瓦礫。<br />
どこに行くにもわからずに放置されたままの瓦礫。<br />
これが処理されなければ、復興なんて出来ない、出来るわけない。<br />
そう感じました。</p>

<p>二日目の朝、宿の周りを歩きました。<br />
塩屋岬の灯台の階段は通行禁止になっていました。<br />
階段下のみだれ髪の碑は無事だったようですが、センサーとかは、津波で壊れてしまったのでしょう。<br />
以前に訪れたときは、歌声が聞こえましたが、今は歌声が聞こえません。<br />
宿の周りは、なんとか無事に建っている建物がいくつか。あとは土台だけ。<br />
無事に建っている家も、住んでいる人の気配はありません。<br />
家の土台のところに献花、香台がおいてある家。<br />
ぬいぐるみがおいてある家。<br />
アパートの1階も窓が外れてそのままになっているところもありました。<br />
失礼して、中を見させて頂きました。<br />
足の踏み場もない家の中。<br />
箪笥の引き出しが中途半端に引かれ、学習机が有ったであろう所に散らばった文房具やDVD。<br />
家の入り口を塞ぐように物が置かれ、窓を壊して出ていくしかない状態。<br />
ここの家族は、無事に避難出来たのだろうか。それとも……<br />
思い出すだけでも、身震いと悲しみが溢れてきます。</p>

<p>被災地を見てくるだけでこんなにつかれてしまうのに、そんな中で暮らしている人たちはもっともっと疲れているでしょう。<br />
……じゃぁ、自分にできることは？<br />
ボランティアで炊き出し？違う。　瓦礫の片付け？違う。<br />
報道されない被災地の状態を覚えて、忘れずにいること。うん。そうだ。<br />
そして、被災者の方々の迷惑にならない様に、何かできる事を探す事。うん。<br />
しっかりと伝えること。うん。<br />
音楽療法士になるとかならないとか関係無しに、音楽で心の扉を叩いて、話を聞いてあげること、一緒に考えてあげる事。それができたら一番いいのかなと思う。<br />
資格だどうだこうだとかよりも、経験することが一番確実なこと。大切なこと。<br />
ただ、基本的なことを忘れてはいけない。</p>

<p><strong><big>無理矢理入り込むのではなく、きちんと断りを入れて足を踏み入れること。</big></strong></p>

<p>療法士だったり、精神科医だったり。それは誰にとっても基本的なこと。<br />
ただ、時には外から声をかけてあげることも必要。</p>

<p></p>

<p>色々と学んできた、慰問でした。</p>
      
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   <title>東北での出来事</title>
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   <published>2012-02-26T19:25:57Z</published>
   <updated>2012-02-26T20:08:57Z</updated>
   
   <summary>2月15日に、お洒落倶楽部の慰問演奏を、国立共済病院宮城分院で行った後の出来事で...</summary>
   <author>
      <name>Naka</name>
      
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      2月15日に、お洒落倶楽部の慰問演奏を、国立共済病院宮城分院で行った後の出来事でした。
      <p>2月15日に、お洒落倶楽部の慰問演奏を、国立共済病院宮城分院で行った後の出来事でした。</p>
      演奏中は携帯は鞄の中に入れているのですが、今回はちとポケットに入っておりました。
17時半に近い頃でしょうか。まだ演奏中だった（着信履歴から見ると、「幸せになるための歌」を歌っている頃）ので電話を取ることが出来ませんでした。
なので、終わって片付けの時に折り返し電話をしました。
電話の主は東北住まいの友人のお母様でした。

この友人、昨年の3月11日に、仕事で女川に行っており……震災の犠牲になりましたが、遺体が見つからずにいました。
ご家族の方も奔走して、あちらこちらで上がる身元不明の遺体のDNA鑑定を依頼していたのです。

電話の内容は
「DNA鑑定でやっと行方不明であった遺体が見つかり、翌日荼毘に付します。気をかけてメールとか電話を頂いて有難うございました」
という内容でした。
私も、その話を聞いて胸に支えていたものがすっと取れて、
「本当に良かったですね。私も嬉しいです。連絡頂きまして、ありがとうございます」
と、ふっとそのままの言葉が出てきました。涙も出てきましたが……。

何がそうさせたのか、私が東北へ来ている時にそういった知らせが入るとは……。
仏様の何らかの計らいなのでしょうか。とも思いました。

その日の夜、友人が夢枕に立ちました。
「ずっと心配させてごめんなさい。でもね、ずっと歌が聞こえてるように思えたんだ。歌声がさ◯◯さん（知り合った時のハンドルネーム）だと思ってたんだ。でもさ、実際に居るんだもん。歌ってるんだもん。びっくりした。でも、おかげ様で家族のところに戻れたの、感謝してます。ありがとう」
そう言って、走って去って行きました。

起きたら5時30分
丁度アラームがなりました。

わざわざ、起こしに来てくれたんだな。
「さようなら」
とは一言も言わなかったです。

家の姉弟そろって、こういうのを見ることが多いんですが、私は久しぶりにハッキリと見えていたので、「今回は本物が逢いに来たか……」と思いました。
私も「さようなら」は言わなかった。
きっと、きっとまた逢えるからね。
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   <title>本当に何がやりたいんだろうか？</title>
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   <published>2012-02-18T18:13:03Z</published>
   <updated>2012-02-19T13:56:43Z</updated>
   
   <summary>永遠の自分のテーマでしょうか。 とにかく、今まではそんなに自由に色々と出来るもの...</summary>
   <author>
      <name>Naka</name>
      
   </author>
   
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://k-otomekairo.com/blog2/">
      <![CDATA[永遠の自分のテーマでしょうか。
とにかく、今まではそんなに自由に色々と出来るものではなく、そのまま流れに流されてIT業界へ行って体壊してIT業界ではまともに働くことができなくなりました。
加えて言えば、自分が自分として生きていることに疑問を持ち始め、生きている意味さえわからずに、何度も自殺を試みたかわかりません。

4年？5年？
ボーカルトレーニングの学校に通い始めてそれぐらいになるのかな？
「うつ状態」であっても「歌う」ということに関しては、人一倍執着心があったのでしょうか。
ボーカルトレーニングには通うことは可能でした。
カラオケに行くことも多くなりました。
本当に「歌う」という行為に関しては「好き」とかそれを通り越しているような気がします。

あるときにボーカルトレーニングの先生に「歌で生きていきなさい」って言われました。
「歌で生きていく」
難しいな……
そんなんことを考えつつ、色々と家族と喧嘩しながらも、音楽療法を学ぶ事を決意しました。
でも、「なんかが違う……」
自分の中で、ここ最近思うことです。
何が違うんだろう？　何がどうして？

歌の表現力というのを考えて朗読療法とかも学んでみましたが……　うん。
まともに授業をしたのが半分あるかどうかでした。
朗読とかで、表現力をつけてそれが歌に活かせられないかなぁという試みだったのですが、失敗だったようです。

ただ、今思うのは、「歌を歌わせてもらえる幸せ」「歌を聞いてもらえる幸せ」「歌の感想を聞かせてもらえる幸せ」「歌を評価してもらえる幸せ」なのかなと思います。

東北へ行ったのは2回目ですが、療法士としてではなく、それでも音楽を、歌を歌って喜んでもらえる。
歌い終わったあとに声をかけさせていただいた方々は共通して握手をして「ありがとう。とても楽しい時間をありがとう。気持よかったです」と言われ、拝まれる事です。
まだまだ精進が必要で、至らない部分が多くても、そうやって人の心の励みというか、そう言うのになれるというのは、メジャーデビューすることでもないし、音楽療法士というお固い肩書きを持つことでもないのかもしれないなと思いました。

そして、やっぱり自分は<strong>「歌を歌って生きたい」</strong>んだなと、ここ２〜３日考えてました。
そりゃ、ちょっとは声優さんとか憧れはありますけど。
でも、自分が本当に本当に駄目なときに救ってくれたのは歌であり、音楽であるので、歌や音楽でその救ってくれた「ありがとう」の気持ちをまっすぐに伝えられるのかもしれないなー……。
なんて思いました。

気づかせてくれた木下先生、池田先生、三橋さん、安原さんに感謝です。



あ、でも、色々と楽器とかにチャレンジしたいなぁっていう気持ちは相変わらずかもです。]]>
      <p>永遠の自分のテーマでしょうか。<br />
とにかく、今まではそんなに自由に色々と出来るものではなく、そのまま流れに流されてIT業界へ行って体壊してIT業界ではまともに働くことができなくなりました。<br />
加えて言えば、自分が自分として生きていることに疑問を持ち始め、生きている意味さえわからずに、何度も自殺を試みたかわかりません。</p>

<p>4年？5年？<br />
ボーカルトレーニングの学校に通い始めてそれぐらいになるのかな？<br />
「うつ状態」であっても「歌う」ということに関しては、人一倍執着心があったのでしょうか。<br />
ボーカルトレーニングには通うことは可能でした。<br />
カラオケに行くことも多くなりました。<br />
本当に「歌う」という行為に関しては「好き」とかそれを通り越しているような気がします。</p>

<p>あるときにボーカルトレーニングの先生に「歌で生きていきなさい」って言われました。<br />
「歌で生きていく」<br />
難しいな……<br />
そんなんことを考えつつ、色々と家族と喧嘩しながらも、音楽療法を学ぶ事を決意しました。<br />
でも、「なんかが違う……」<br />
自分の中で、ここ最近思うことです。<br />
何が違うんだろう？　何がどうして？</p>

<p>歌の表現力というのを考えて朗読療法とかも学んでみましたが……　うん。<br />
まともに授業をしたのが半分あるかどうかでした。<br />
朗読とかで、表現力をつけてそれが歌に活かせられないかなぁという試みだったのですが、失敗だったようです。</p>

<p>ただ、今思うのは、「歌を歌わせてもらえる幸せ」「歌を聞いてもらえる幸せ」「歌の感想を聞かせてもらえる幸せ」「歌を評価してもらえる幸せ」なのかなと思います。</p>

<p>東北へ行ったのは2回目ですが、療法士としてではなく、それでも音楽を、歌を歌って喜んでもらえる。<br />
歌い終わったあとに声をかけさせていただいた方々は共通して握手をして「ありがとう。とても楽しい時間をありがとう。気持よかったです」と言われ、拝まれる事です。<br />
まだまだ精進が必要で、至らない部分が多くても、そうやって人の心の励みというか、そう言うのになれるというのは、メジャーデビューすることでもないし、音楽療法士というお固い肩書きを持つことでもないのかもしれないなと思いました。</p>

<p>そして、やっぱり自分は<strong>「歌を歌って生きたい」</strong>んだなと、ここ２〜３日考えてました。<br />
そりゃ、ちょっとは声優さんとか憧れはありますけど。<br />
でも、自分が本当に本当に駄目なときに救ってくれたのは歌であり、音楽であるので、歌や音楽でその救ってくれた「ありがとう」の気持ちをまっすぐに伝えられるのかもしれないなー……。<br />
なんて思いました。</p>

<p>気づかせてくれた木下先生、池田先生、三橋さん、安原さんに感謝です。</p>

<p></p>

<p>あ、でも、色々と楽器とかにチャレンジしたいなぁっていう気持ちは相変わらずかもです。</p>
      
   </content>
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   <title>現在仙台にいます。</title>
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   <published>2012-02-15T13:44:33Z</published>
   <updated>2012-02-19T14:00:54Z</updated>
   
   <summary>今日は、「池田公生とお洒落倶楽部」の一員として仙台の国立公済病院宮城野分院にて、...</summary>
   <author>
      <name>Naka</name>
      
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      <category term="体調・健康" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
      <category term="精神的雑談" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
      <category term="震災支援" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
      <category term="音楽" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   

   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://k-otomekairo.com/blog2/">
      今日は、「池田公生とお洒落倶楽部」の一員として仙台の国立公済病院宮城野分院にて、慰問演奏をしてきました。
慰問演奏をしてきて、みなさんが一緒に歌ってくれたり、手拍子をしてくれたりして、楽しい時間を過ごしました。

演奏が終わったあとにお声をかけさせていただいた方に
「ありがとう。素敵な歌をありがとう」
と感謝されてしまいました。
こちらこそ
「楽しんでもらえて、ありがとう御座います。すごく嬉しい言葉です。これからも頑張って行きますね」
としか言えませんでした。

直接ふれあい、自分が発した音楽（失敗したとしても）が、それぞれの方の心の癒しだったり、励みになるというのは本当に嬉しいことで、それを「ありがとう」という言葉で返してもらえるということは、本当にありがたい事です。
お洒落倶楽部に入って、すごくすごく大切な、有り難い事をさせていただいてます。
とてもとても嬉しいです。

さて、明日は朝早いです。
6時出発なので、早く寝ないとです。
「起きれないよー」
という状況にはなりませんように（笑）
      <p>今日は、「池田公生とお洒落倶楽部」の一員として仙台の国立公済病院宮城野分院にて、慰問演奏をしてきました。<br />
慰問演奏をしてきて、みなさんが一緒に歌ってくれたり、手拍子をしてくれたりして、楽しい時間を過ごしました。</p>

<p>演奏が終わったあとにお声をかけさせていただいた方に<br />
「ありがとう。素敵な歌をありがとう」<br />
と感謝されてしまいました。<br />
こちらこそ<br />
「楽しんでもらえて、ありがとう御座います。すごく嬉しい言葉です。これからも頑張って行きますね」<br />
としか言えませんでした。</p>

<p>直接ふれあい、自分が発した音楽（失敗したとしても）が、それぞれの方の心の癒しだったり、励みになるというのは本当に嬉しいことで、それを「ありがとう」という言葉で返してもらえるということは、本当にありがたい事です。<br />
お洒落倶楽部に入って、すごくすごく大切な、有り難い事をさせていただいてます。<br />
とてもとても嬉しいです。</p>

<p>さて、明日は朝早いです。<br />
6時出発なので、早く寝ないとです。<br />
「起きれないよー」<br />
という状況にはなりませんように（笑）</p>
      
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   <title>どうやら安定している様子……</title>
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   <published>2012-01-20T17:33:11Z</published>
   <updated>2012-01-20T17:45:59Z</updated>
   
   <summary>このブログはレンタルサーバーロリポップのサービスを借りていますが、どうもどうも不...</summary>
   <author>
      <name>Naka</name>
      
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://k-otomekairo.com/blog2/">
      このブログはレンタルサーバーロリポップのサービスを借りていますが、どうもどうも不安定で「CGIやらPHPが動いてないよー！」とメッセージが表示されてしまってました。
が、うん。なんとか安定している様子です。
      <p>このブログはレンタルサーバーロリポップのサービスを借りていますが、どうもどうも不安定で「CGIやらPHPが動いてないよー！」とメッセージが表示されてしまってました。<br />
が、うん。なんとか安定している様子です。</p>
      先日は、「お洒落倶楽部」の練習で色々課題が山積みに……
いや、うん。
今まで歌ってたパートと違うパートを覚えなおしとか、新曲のパートを確認と練習とか自主練とか自主練とか自主練とか……　（自主練ばっかじゃん）
しかしですよ、こうやって歌を歌わせてもらえる機会をたくさん設けさせてもらっているので、弱音とか……
たまには吐いていいよね？

でもね、でもね、間違えても、色々とあっても「歌を歌わせてもらえる場所がある」という所にかなりかなり支えてもらっています。心も身体も。
だから、その分だけ一生懸命にやっていこうと、頑張っていこうって思えるんだよね。


そうやって考えていると、音楽療法士とかより「表現者」としての成分が多めに偏っているように見えますが、どちらも頑張っていこうと思ってるんですよ？
いや、二兎を追う者は一兎をも得ずとは言いますけど、療法士に関しては、少しゆっくり目に進む感じですけどね。
でも、でも「表現者＆セラピスト」として活躍できたらなーとかいう、すごく贅沢なことを考えてしまったりも……

や、ゆっくり考えながら行動していこうと思ってます。うん。
身体も労りつつ……無理せずにね。
   </content>
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   <title>サイドバーにリンクを作りました</title>
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   <published>2012-01-10T15:05:44Z</published>
   <updated>2012-01-10T15:07:29Z</updated>
   
   <summary>タイトルの通りです。 所属させていただいているバンド「お洒落倶楽部」の母体、NP...</summary>
   <author>
      <name>Naka</name>
      
   </author>
   
   

   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://k-otomekairo.com/blog2/">
      タイトルの通りです。
所属させていただいているバンド「お洒落倶楽部」の母体、NPO法人「夢のはな奏であい」と友人の同人サークル「P.B.L」の公式サイトです。
      <p>タイトルの通りです。<br />
所属させていただいているバンド「お洒落倶楽部」の母体、NPO法人「夢のはな奏であい」と友人の同人サークル「P.B.L」の公式サイトです。</p>
      
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   <title>ちいちゃんの花束</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://k-otomekairo.com/blog2/2012/01/post-70.html" />
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   <published>2012-01-10T14:43:01Z</published>
   <updated>2012-02-19T14:02:54Z</updated>
   
   <summary>1月8日  寒い朝4時起き。　静岡に向かうためであった。  バンド「お洒落倶楽部...</summary>
   <author>
      <name>Naka</name>
      
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      <category term="雑談" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://k-otomekairo.com/blog2/">
      1月8日 
寒い朝4時起き。　静岡に向かうためであった。 
バンド「お洒落倶楽部」の一員として、とあるコンサートに行くために。 

鈴木千奈津さん 
11年前の1月1日に18歳の若さで亡くなりました。 
小学2年生の時にくも膜下出血で倒れ、命は取り留めたものの、四肢麻痺のために大好きだったかけっこなどができなくなってしまいました。 
ずっといろんな気持ちを伝えたかった千奈津さん。15歳の時に左手が動くことがわかり、それから色々な詩を綴り続けました。 

1月10日は千奈津さんのお誕生日です。 
学校の先生であり、「お洒落倶楽部」のリーダーでもある池田公生先生による作曲・編曲による「組曲　ちいちゃんの花束」を演奏しに静岡に向かったのです。 
まず、ご両親とお姉さんと義兄さんとその子供たちと、千奈津さんにご挨拶し、お家で「ちいちゃんの花束」を演奏。その後、吉田町の健康福祉センターにて「ちいちゃんの花束コンサート」で演奏。「組曲　ちいちゃんの花束」の他に「おとうさん」「輝きたい」「おかあさん」という曲も演奏。1時間半のコンサートでした。 


ちいちゃん（千奈津さんのあだ名）のことをお洒落倶楽部の方に聞くと、近所に住んでいた「ようちゃん」のことを思い出します。 
自分が初めて「障害者」とのコミュニケーションを取った人。 
ようちゃん。 
彼も肢体麻痺の障害を持っていました。 
小さい頃の自分は、障害者の学校から帰ってくるようちゃんに「おかえりなさい」という挨拶を取るために、姉と外で遊んでいました。 
おじさんに抱えられたようちゃんに「おかえりなさい。元気だね。また明日ね」と話しかけ、手に触れ、さようならをする。そんな日が続いてました。 

障害を持っている子に対して、普通に対応ができるのは、このことがあったからなのだと思います。 
ようちゃんも、笑いかける私達に、一生懸命手をふって「バイバイ」ってするのが精一杯だったけど、本当は色々と話したりしたかったんだろうなぁ…… 
そう思います。 

そういうことを考えると、ちいちゃんの詩・歌を歌わせてもらえる、聞いてもらえるというのは、すごくすごく有難い事だと思います。 
そうやって、いろんな人と出会い・コミュニケーションを取り、話をして輪を広げる。 
楽しくて嬉しくて、「頑張って歌ってよかった」と思える。 
単純に「音楽療法」として、高齢者や幼児だけでなく、こういった障害を持っている人達全般に関わるということも必要だし、自分が普通に動いて生活ができるという事の歓びというのを改めて感じ、考えさせられました。 

行ってよかったと思った一日でした。
      <p>1月8日 <br />
寒い朝4時起き。　静岡に向かうためであった。 <br />
バンド「お洒落倶楽部」の一員として、とあるコンサートに行くために。 </p>

<p>鈴木千奈津さん <br />
11年前の1月1日に18歳の若さで亡くなりました。 <br />
小学2年生の時にくも膜下出血で倒れ、命は取り留めたものの、四肢麻痺のために大好きだったかけっこなどができなくなってしまいました。 <br />
ずっといろんな気持ちを伝えたかった千奈津さん。15歳の時に左手が動くことがわかり、それから色々な詩を綴り続けました。 </p>

<p>1月10日は千奈津さんのお誕生日です。 <br />
学校の先生であり、「お洒落倶楽部」のリーダーでもある池田公生先生による作曲・編曲による「組曲　ちいちゃんの花束」を演奏しに静岡に向かったのです。 <br />
まず、ご両親とお姉さんと義兄さんとその子供たちと、千奈津さんにご挨拶し、お家で「ちいちゃんの花束」を演奏。その後、吉田町の健康福祉センターにて「ちいちゃんの花束コンサート」で演奏。「組曲　ちいちゃんの花束」の他に「おとうさん」「輝きたい」「おかあさん」という曲も演奏。1時間半のコンサートでした。 </p>

<p><br />
ちいちゃん（千奈津さんのあだ名）のことをお洒落倶楽部の方に聞くと、近所に住んでいた「ようちゃん」のことを思い出します。 <br />
自分が初めて「障害者」とのコミュニケーションを取った人。 <br />
ようちゃん。 <br />
彼も肢体麻痺の障害を持っていました。 <br />
小さい頃の自分は、障害者の学校から帰ってくるようちゃんに「おかえりなさい」という挨拶を取るために、姉と外で遊んでいました。 <br />
おじさんに抱えられたようちゃんに「おかえりなさい。元気だね。また明日ね」と話しかけ、手に触れ、さようならをする。そんな日が続いてました。 </p>

<p>障害を持っている子に対して、普通に対応ができるのは、このことがあったからなのだと思います。 <br />
ようちゃんも、笑いかける私達に、一生懸命手をふって「バイバイ」ってするのが精一杯だったけど、本当は色々と話したりしたかったんだろうなぁ…… <br />
そう思います。 </p>

<p>そういうことを考えると、ちいちゃんの詩・歌を歌わせてもらえる、聞いてもらえるというのは、すごくすごく有難い事だと思います。 <br />
そうやって、いろんな人と出会い・コミュニケーションを取り、話をして輪を広げる。 <br />
楽しくて嬉しくて、「頑張って歌ってよかった」と思える。 <br />
単純に「音楽療法」として、高齢者や幼児だけでなく、こういった障害を持っている人達全般に関わるということも必要だし、自分が普通に動いて生活ができるという事の歓びというのを改めて感じ、考えさせられました。 </p>

<p>行ってよかったと思った一日でした。</p>
      
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   <title>あけました</title>
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   <id>tag:k-otomekairo.com,2012:/blog2//4.263</id>
   
   <published>2012-01-01T14:12:54Z</published>
   <updated>2012-02-19T14:04:21Z</updated>
   
   <summary>としが明けました。 おめでとうございます。 今年は色々と忙しい状況になると思いま...</summary>
   <author>
      <name>Naka</name>
      
   </author>
   
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      <category term="震災支援" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
      <category term="音楽" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   

   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://k-otomekairo.com/blog2/">
      としが明けました。
おめでとうございます。

今年は色々と忙しい状況になると思います。

blogの画面リンクにて、参加しているNPO法人「夢のはな奏であい」へのリンクを貼りました。
色々と大きく動きますが、このNPO法人で行なっている「音モダチプロジェクト」と、このNPO法人代表の池田公生先生の「お洒落倶楽部」というバンドにて活動をしつつ、学校に通うようになります。
体調を今以上に管理しながら、歌を続けることになると思います。
頑張るですよー。
      <p>としが明けました。<br />
おめでとうございます。</p>

<p>今年は色々と忙しい状況になると思います。</p>

<p>blogの画面リンクにて、参加しているNPO法人「夢のはな奏であい」へのリンクを貼りました。<br />
色々と大きく動きますが、このNPO法人で行なっている「音モダチプロジェクト」と、このNPO法人代表の池田公生先生の「お洒落倶楽部」というバンドにて活動をしつつ、学校に通うようになります。<br />
体調を今以上に管理しながら、歌を続けることになると思います。<br />
頑張るですよー。</p>
      
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   <title>買ってしまった</title>
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   <id>tag:k-otomekairo.com,2011:/blog2//4.262</id>
   
   <published>2011-11-20T17:05:31Z</published>
   <updated>2011-11-20T17:13:00Z</updated>
   
   <summary>欲しかった、MacBookAir。 モバイルノートとか、ネットブックと呼ばれるW...</summary>
   <author>
      <name>Naka</name>
      
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      <category term="コンピュータ" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
      <category term="雑談" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   

   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://k-otomekairo.com/blog2/">
      欲しかった、MacBookAir。
モバイルノートとか、ネットブックと呼ばれるWindowsマシンはあるけれど、搭載メモリが1GBしかなくて、増設不可能とか、Windows自体が重いとか、いろいろな意味もあって、すごく欲しかった。
とうとう手に入れた。
速さと軽さにびっくりした。

これは使いこなすとかそういう前に、最近良く思うようになったんだけど
「療法のセッションに使えるかも」
ということも考えて、
「使えるようにしよう」
と、思った。

ここ最近の買い物は「音楽療法に使えるかどうか」をまず考えることになってる。
何だろう？
もう、それが自然になっちゃったんだよね。
いろんなところを見てきたからかな。
いろんな人を見てきたからかな。

      <p>欲しかった、MacBookAir。<br />
モバイルノートとか、ネットブックと呼ばれるWindowsマシンはあるけれど、搭載メモリが1GBしかなくて、増設不可能とか、Windows自体が重いとか、いろいろな意味もあって、すごく欲しかった。<br />
とうとう手に入れた。<br />
速さと軽さにびっくりした。</p>

<p>これは使いこなすとかそういう前に、最近良く思うようになったんだけど<br />
「療法のセッションに使えるかも」<br />
ということも考えて、<br />
「使えるようにしよう」<br />
と、思った。</p>

<p>ここ最近の買い物は「音楽療法に使えるかどうか」をまず考えることになってる。<br />
何だろう？<br />
もう、それが自然になっちゃったんだよね。<br />
いろんなところを見てきたからかな。<br />
いろんな人を見てきたからかな。<br />
</p>
      
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   <title>少しずつですが取り敢えず　東北被災地慰問演奏８月31日篇（最終回）</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://k-otomekairo.com/blog2/2011/10/31.html" />
   <id>tag:k-otomekairo.com,2011:/blog2//4.261</id>
   
   <published>2011-10-23T16:22:26Z</published>
   <updated>2011-10-23T16:23:34Z</updated>
   
   <summary>NPO法人夢のはな奏であい（http://yumekana.org/）の「音モダ...</summary>
   <author>
      <name>Naka</name>
      
   </author>
   
      <category term="精神的雑談" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
      <category term="雑談" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
      <category term="震災支援" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
      <category term="音楽" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   

   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://k-otomekairo.com/blog2/">
      NPO法人夢のはな奏であい（http://yumekana.org/）の「音モダチプロジェクト」のコーラスグループ「歌・謡隊（うた・うたいたい）」に参加した時の様子を色々と綴っていきます。 
      <p>NPO法人夢のはな奏であい（http://yumekana.org/）の「音モダチプロジェクト」のコーラスグループ「歌・謡隊（うた・うたいたい）」に参加した時の様子を色々と綴っていきます。 </p>
      さて、8月も最終日。 
つか、明日から学校じゃん！！ 
という所ですが、まだ演奏は残っています。 

まずは、宿を出る準備をして、忘れ物無いこと確認して。 
そして出発するは、特別教護施設「太白荘」。 
ここでは、以前にも演奏に来たとのこと。 
あと、セットリスト（下の方であげます）の『震災の街～未来（あす）は明るく』という曲（NPOグループの方に詩を応募して、先生が作曲した曲です）の作詞をして頂いた、池田三郎さん（この方は、仙台市内の方で、一般の方とのことでした）もいらしていたのです。 
うわわ。 
そして、この太白荘さんでは、朝にこの歌を練習されていたということで。 
うわわわ。 
加えて、施設の方、職員の方のほかに、近所の方々、コーラスグループの方々もお見えとのことで…… 
プレッシャーでかいんですけどー！！ 
と思いながらも、歌を披露させていただきました。 
途中、クラリネットを使った演奏も有ったので、急遽「鈴懸の径」の演奏が。 
歌詞を口ずさみながら、持ってるシェイカーで盛り上げ役です。 
演奏中のメンバーの顔、聴きに来てくださった方々の顔。 
皆笑顔です。笑顔でとてもとても楽しそうです。 
私は楽しかったです。 
皆も楽しかったって言ってました。 
『震災の街』も、一緒に歌ってくださって、予定時間を少しオーバーしてしまいましたが、演奏会を楽しんでもらえて、色々お話して頂いて、とても喜んで頂いて。 
やってよかった。行ってよかったと思いました。 
太白荘さんでは、お昼を用意して頂いて、美味しかったです。 
色々と感動。 
太白荘の職員の方々にお礼を言って、さぁ、帰るぞ東京へ…… 

と、所々のSAで休憩して、おみやげ買ったり、名物の桃のソフトクリーム食べたりしながら、先生の運転で東京方面へどんどんと道を行きました。 
道中車の中では、色々と……うん、自分のiPhoneの添い寝カレシとか見せたり……。 
だって、乙女系のゲームとか好きとかいう話が出てきたんだもん。 
それまでは、先生の演奏したJazzの曲とかを聴いていたのですが、東京にはいる前辺りに、「あ、一青窈聴こう、一青窈」と。 
車内には一青窈の「BESTYOU」のアルバムがかかりました。 
うん、普通に口ずさんでいましたよ。 
道はぐるっと首都高まわってスカイツリーを見たり。 
そのうちに、先生が「あ、一青窈のあれ好きなんだよね、あれ。『江戸ポルカ』。ポルカじゃなくてルンバだけどな」とか言いながらも曲を数曲飛ばして江戸ポルカへ。 
「◯◯（あだ名。ですが本名もバレるので）。これ、踊れる？」 
と、笑いながら先生。 
「えぇ、もちろん。何度かライブも行きましたし」 
と、私。 
車内はどっと笑いが溢れましたが、サビの部分（♪ててと　てとてとしゃん～）の所を実際に踊ってみせたり。 
「や、さすが◯◯だなぁ。勇気100%もフルで踊ったり出来るもんなぁ」 
と、逆に感心されてしまいました。　あれま。 
「振り付けはできないのか？」 
と先生。 
「や、振り付けは無理です。センス無いんで」 
と、いうと「あー」とがっくり。 
ただ、先生としては、いろんな学校以外で見せる自分や、音楽に対する信念というのか、そういうのに関して、色々と考えることが有ったようです。（後日談） 
そんなこんなで学校に到着。 
片方のグループはもう既に到着済みでした。 
荷物を下ろして、全員揃っているのを確認して、お疲れ様のご挨拶をして、解散しました。 
自分は、学校に楽器を置いて、少しだけ荷物を軽くして帰ることに。 
長い長い車での移動は疲れたけれど、心地よい疲れでしたね。 

3日間かけて東北の被災地をまわってみてきた訳ですが、テレビで見る部分と、見せない部分。 
格差が大きすぎるし、まだまだ復興の準備は続く状況。 
そんな中に日本の政治は何をやってるんだかと、半分呆れたり。 
それでも、それぞれの施設の方々は、前へ向かって一生懸命に生きているんだと、生きていくんだという姿を見てて、本当に涙が出そうでした。 
そして、行く先々で元気をもらって来ました。 
私たちが届けた歌が、またその元気の源となればと思うばかりです。 
機会があれば、また出来る限り行きたいな…… 
そんな事を、毎日思うようになりました。 



あの日から今日まで、自分が挫けてしまう事も有りましたが、メッセージを頂いたり、学校の友人に助けてもらったり。 
そうしながらも、何とか今日まで生きてこれました。 
私には小さな事しかできないけれども、勉強をしっかりして、知識を身に付けて、優しい自分で在り続けたいと思います。 
池田先生は言ってました 
「音楽は愛だ」 
と。 
音楽の中に心が、愛がこもらなければ、何も伝わらないんだと。 
それはそれは、今回の慰問ですっごく感じました。 
本当に本当に、行ってきてよかったと心から思います。 
そして、自分が資格をとって何をやりたいかという方向性がだんだんと見えてきました。 
それは、また、先生にお話ししたいと思っています。 

～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～ 
さてさて、以下はセットリストです。 
中には、夢のはな奏であいのオリジナルソングもあります。（末尾に※を付けます） 
プログラム順です。 

上を向いて歩こう 
涙そうそう 
青い山脈 
ともしび 
花 
荒城の月 
一番いちばん大切なもの※ 
今を輝く※ 
You are my sunshine 
I&apos;Ve Been Working on the Railroad（線路は続くよどこまでも） 
震災の街～未来（あす）は明るく※ 
故郷 
～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～ 

以上です。 
長々と間を開けてしまいましたが、何とかまとめ……あげてない？ 
つらつらとやってきたことを、文章にしただけでしたね。 
や、だって普通に纏めるのは凄く大変なんだもん……（ぉぃ） 
とは言え、学校の宿題のレポートとかも山盛りです。 
自分の夢のために。 
「音楽は愛」を伝えるために、これからも色々と頑張っていこうと思います。 
無理ない程度に…… 


あと、日記のトップのURLに、写真付きで活動報告を見ることができるようになってます。 
トップから「音モダチ」プロジェクト→プロジェクトその２＜愛の音楽をお届けします！＞　の4つ目の項目「＞詳細はこちら＜」をクリックしていただくと、もっとすっきりとまとめた、写真も含めたレポートがありますので、良かったらそちらもご覧ください。
   </content>
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   <title>少しずつですが取り敢えず　東北被災地慰問演奏８月30日篇　その2</title>
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   <published>2011-10-23T16:20:11Z</published>
   <updated>2011-10-23T16:21:58Z</updated>
   
   <summary>NPO法人夢のはな奏であい（http://yumekana.org/）の「音モダ...</summary>
   <author>
      <name>Naka</name>
      
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      <category term="精神的雑談" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
      <category term="雑談" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
      <category term="震災支援" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
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      NPO法人夢のはな奏であい（http://yumekana.org/）の「音モダチプロジェクト」のコーラスグループ「歌・謡隊（うた・うたいたい）」に参加した時の様子を色々と綴っていきます。
      <p>NPO法人夢のはな奏であい（http://yumekana.org/）の「音モダチプロジェクト」のコーラスグループ「歌・謡隊（うた・うたいたい）」に参加した時の様子を色々と綴っていきます。</p>
      さて、高寿園さんで演奏したあとは大船渡のショッピングセンター「サンリア」さんでの演奏です。 
ショッピングセンターの中央辺りによくある憩いの場観たいな所がありますよね。 
そこで謡ってきました。 

大船渡市は11mの高さの津波の被害があり、この「サンリア」さんも、何とか4月には再開出来たということでした。 
道中、信号機が壊れてしまい、道路警備の警察官の方が信号がわりをしていました。 
パトカーをよく見ると「神戸県警」とか「兵庫県警」とか…… 
やっぱり、同じように被害が有りましたからね。 
人情というのを感じました……（東京都はさっさと撤収したらしいし） 
で、大船渡でも、津波の被害で友人を一人亡くしております。 

「サンリア」さんでは事前に「希望のコンサート」とアナウンスして下さいました。 
吹き抜けの2階からも、始まるのを待っていてくださる人も居ました。 
取り敢えず、時間になったら、もうすぐ始めちゃおう！という先生の言葉に「うっし！心から愛を謡うぞ！」とステージに立ちました。 

時間もぴったりに、お店の方のアナウンスも無く、歌い始めました。 
「上を向いて歩こう」 
クラリネットの音から始まりますが、そのあとの歌声はセンター中に響いているのがわかります。 
買い物の足を止めて聴いてくださる方。仕事の手を休めて聴いてくださる方。 
沢山の方々に聴いていただき、また、声援をいただきました。 
歌っている最中に地震が有りましたが、そんなの関係なく皆さん聴いて下さいました。 
リスト全部歌い終えて、片付けしながらも聴いてくださった方と、少しお話をしたり、高校生も聴いててくれて、「凄いっすね！マイクとか使わなくても、あんなに凄い声が出るんっすね！かっこ良かったっす！！」って言ってくれて。 
歌って、本当にいろんな意味で影響力があるんだなって本当に思いました。 

サンリアさんから車で山道越えて車で宿に帰ります。 
宿に変える途中、空の星が本当に綺麗でした。 
山道で街灯が少ないのでよく見えるんだなーって。 
凄く凄くいっぱいの星でした。 
2時間位かかって宿に戻って、お風呂入ったらビアガーデンです。 
（夕食に+2000円すればビアガーデンだと、食事の種類も豊富だと。飲み放題だということで、前日に決めてました） 
お疲れ様の乾杯をしつつ、今日の感想を皆で話しましたが……。 
うん。 
こっちにはただただ、本当に被災地の皆さんの心の緊張や、心の安らぎを届けに行ったのですが、逆に元気をもらってしまいました。 
一つ山を超えた人たちはとてもとても元気で素敵です。 
でも、まだ震災の爪あとは残っています。 
物理的にも、人の心にも。 
少しでも、少しでも皆さんの心の支えというか、癒しというか、そういうものになったって言うのを実感させてもらえて、凄く良い経験をさせていただきました。 
水沢は駅の方は明かりが綺麗です。 
宿の屋上から見る地上の星と、そのもっともっと上にある星が、凄く綺麗でした。 
食事をとりつつ、なくなった友人に献杯。 

時間ギリギリまでしっかり食べて、しっかり飲んで（私はソフトドリンクで）、さぁ始まるは…… 
うん？2次会ですかーとか言っている間にまた先生は寝ちゃいました。 
そんな中で、トランプの大富豪？をやってました。 
ずーっと大貧民だったのですが、最後の最後で平民になれました。 
時間もいい頃合いで、おかたづけして、先生を布団に移動。 
私は軽くストレッチをしてから、再度お風呂へ。 
その間にざくざくと写真だけアップして、お風呂後に軽く他の部屋で練習していたので、それに紛れ込み「ここだね」「ここヤバイね」個人個人での注意点を確認し、解散して睡眠へ。 
次の日は1箇所演奏に行って、東京へ戻ります……。
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   <title>少しずつですが取り敢えず　東北被災地慰問演奏８月30日篇　その1</title>
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   <published>2011-09-26T15:33:17Z</published>
   <updated>2011-09-26T16:01:11Z</updated>
   
   <summary>NPO法人夢のはな奏であい（http://yumekana.org/）の「音モダ...</summary>
   <author>
      <name>Naka</name>
      
   </author>
   
      <category term="体調・健康" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
      <category term="精神的雑談" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
      <category term="震災支援" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
      <category term="音楽" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   

   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://k-otomekairo.com/blog2/">
      NPO法人夢のはな奏であい（http://yumekana.org/）の「音モダチプロジェクト」のコーラスグループ「歌・謡隊（うた・うたいたい）」に参加した時の様子を色々と綴っていきます。 

朝8時…… 
昨日は、お酒のんでさっさと寝てしまった先生は、朝早くにマラソンしてきたそうです。 
ぼんやり状態（朝が弱いのですよ）で食事をとり、皆とお揃いのTシャツに着替えて出発ー。 
      <p>NPO法人夢のはな奏であい（http://yumekana.org/）の「音モダチプロジェクト」のコーラスグループ「歌・謡隊（うた・うたいたい）」に参加した時の様子を色々と綴っていきます。 </p>

<p>朝8時…… <br />
昨日は、お酒のんでさっさと寝てしまった先生は、朝早くにマラソンしてきたそうです。 <br />
ぼんやり状態（朝が弱いのですよ）で食事をとり、皆とお揃いのTシャツに着替えて出発ー。 </p>
      <![CDATA[まずは、気仙沼港です。 
道中小さい道はアスファルトが津波で持っていかれてしまったので、砂利道です。 
凄く道が悪いですが、大きめの道になると、それなりの整備がされて居て、トラックが通れるようにはなっています。 
既に漁も始まっています。 
が 
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<a href="http://k-otomekairo.com/blog2/assets_c/2011/09/R0010711-115.html" onclick="window.open('http://k-otomekairo.com/blog2/assets_c/2011/09/R0010711-115.html','popup','width=1280,height=960,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://k-otomekairo.com/blog2/assets_c/2011/09/R0010711-thumb-480x360-115.jpg" width="480" height="360" alt="R0010711.JPG" class="mt-image-none" style="" /></a><br>
<a href="http://k-otomekairo.com/blog2/assets_c/2011/09/R0010709-118.html" onclick="window.open('http://k-otomekairo.com/blog2/assets_c/2011/09/R0010709-118.html','popup','width=1280,height=960,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://k-otomekairo.com/blog2/assets_c/2011/09/R0010709-thumb-480x360-118.jpg" width="480" height="360" alt="R0010709.JPG" class="mt-image-none" style="" /></a><br>

辺りはまだまだ手付かず状態。 
車を降りた時には、ドアの前でボー然としてしまいました。 
「ドア閉めるよ？」 
の声で、我に返って歩きまわって見ましたが…… 
本当に言葉に出来ないというか、言葉がでない状況でした。 
そんな中、友人の住んでいる聞いていた住所というか、場所へ向かって見ました
<a href="http://k-otomekairo.com/blog2/assets_c/2011/09/R0010716-121.html" onclick="window.open('http://k-otomekairo.com/blog2/assets_c/2011/09/R0010716-121.html','popup','width=1280,height=960,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://k-otomekairo.com/blog2/assets_c/2011/09/R0010716-thumb-480x360-121.jpg" width="480" height="360" alt="R0010716.JPG" class="mt-image-none" style="" /></a><br>

何も有りません…… 
家ごと、津波に飲まれ他界してしまった（遺体は見つかっています）のです。 
悔しいというか、なんというか。 
ショックで悲しくても涙が出ないっていうのは、本当なんだな……と、その時思いました。 
「出発するよー！！」 
の声に、うつむきながらも車へ戻って行きました。 
車に乗り込んだ時に、漁港で働く人達の影が見えました。 
車が走り出す瞬間に、手を振ってくれました。 
彼らの精一杯の感謝なのでしょう。 
私は小さくですが、手を振り返しました。 
その後、やっと開けられたというおみやげセンターへ行って、家へのおみやげを買って送ってもらうことにしました。 
「東北の事を思ってくれて、本当にありがとうね」 
という言葉に背中を押され、逆に元気づけられてしまいました。 
おみやげセンターを後にして、陸前高田へ…… 
……何も有りません。 
車の中でシャッターを切ることが出来ませんでした。 
そして着いたのは気仙沼中学校……かな？ 

<a href="http://k-otomekairo.com/blog2/assets_c/2011/09/R0010729-124.html" onclick="window.open('http://k-otomekairo.com/blog2/assets_c/2011/09/R0010729-124.html','popup','width=1280,height=960,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://k-otomekairo.com/blog2/assets_c/2011/09/R0010729-thumb-480x360-124.jpg" width="480" height="360" alt="R0010729.JPG" class="mt-image-none" style="" /></a><br>

流されて瓦礫となっている備品のからはそう読み取れますよね。 
ここからは、あの奇跡の一本松が見えます。 

<a href="http://k-otomekairo.com/blog2/assets_c/2011/09/431044_1296738923_193large-127.html" onclick="window.open('http://k-otomekairo.com/blog2/assets_c/2011/09/431044_1296738923_193large-127.html','popup','width=240,height=320,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://k-otomekairo.com/blog2/assets_c/2011/09/431044_1296738923_193large-thumb-480x640-127.jpg" width="480" height="640" alt="431044_1296738923_193large.jpg" class="mt-image-none" style="" /></a><br>
7万本も有ったあの松林の中の一本の松の木。 
残っているのが奇跡です。 
神様・仏様の何かの慈悲なのでしょうか。 
何かのメッセージなのでしょうか。 
周りの建物は殆ど流されてしまったのに…… 

中学校跡では、本当に外側が残っているだけという感じでした。 
<a href="http://k-otomekairo.com/blog2/assets_c/2011/09/R0010726-130.html" onclick="window.open('http://k-otomekairo.com/blog2/assets_c/2011/09/R0010726-130.html','popup','width=1280,height=960,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://k-otomekairo.com/blog2/assets_c/2011/09/R0010726-thumb-480x360-130.jpg" width="480" height="360" alt="R0010726.JPG" class="mt-image-none" style="" /></a><br>

4時32分頃をさして止まってしまった時計。 
これが何を物語っているのか、忘れてしまってはいけない事の一つだと思っています。 
校舎跡には、養殖の牡蠣の縄がアチラコチラにぶら下がっています。 
身がついたままなので、カラスや鳶が上空を旋回しています。 
牡蠣を狙っているんでしょう。 
車へ戻って、最初の慰問先へ向かいますが、道中砂利道を走っている車の中で、ずっとうつむいていることしか出来ない自分。 
皆が「大丈夫？」と言ってくれますが、「はい、大丈夫です」と、少しだけ笑顔を見せることが精一杯でした。 

陸前高田では、特別養護老人ホーム「高寿園」での慰問演奏です。 
この高寿園さんも、震災直後には坂の下の田んぼのところまで津波の水が押し寄せて、職員さん等、沢山の方が亡くなったそうです。 
高寿園さんは緊急避難場所として、800人の方々が避難されていたそうです。 
今は、仮設住宅から通っている人もいらっしゃるそうです、 
演奏会の前に、外で少しだけリハーサルして、音を合わせて見ました。 
まだまだ夏だなという陽射しでした。 
その後、1曲1曲を大切に大切にして、歌いました。最後に「故郷」を歌ったのですが、みなさんの合間合間にメンバーが入って、皆で歌いました。 
皆さん、元気です。本当に元気でした。 
凄く楽しみにしていてくださったようで、それに応えることが出来たのは嬉しかったです。 
また、片付けしながら、声をかけさせていただいたのですが、ぎゅっと手を掴み、一生懸命何かを仰ってました。 
「ごめんなさい、聞き取れなかったので、もう一度……」 
と、耳を近づけると、一生懸命に声にしようと息が聞こえました。 
「凄く楽しかった。また来て頂戴ね。」 
もう、涙が出そうでした。 
「そう言って頂けて幸いです。もっと精進して来ますね」 
そう言うと、また、何かを言いたそうでしたので、耳を口に近づけました。 
すると 
「綺麗で優しい笑顔と声をしていらっしゃる。まるで仏様の様だ。生きて仏様にお逢い出来るとは思わなんだ」 
……凄く、凄く有り難いお言葉を戴きました。 
容姿、声にコンプレックスを持っている私に、「仏様のよう」と言ってくださって、もう涙が溢れそうでした。 
私は 
「ありがとう御座います。そう仰っていただけるなんて……本当にありがとう御座います」 
としか言えませんでした。 
そのかたは私の手をもう一度強く握り、その後拝むように手を合わせているので、その手をそっと握り返す事しか出来ませんでした。 
介助の方も 
「お名残惜しいですが、お時間ですよ。失礼しますね」 
と声をかけられ、お別れをしました。 
片付けしながら、泣きそうになるのをずっと堪えていました。 
あの手の温もり、一生懸命に伝えてくれた言葉。忘れられません。 
気仙沼・陸前高田で私は二人友人を亡くしました。 
ニュースで名前を読み上げられた瞬間、「同姓同名だといい」とか思ってしまった位にショックでした。 
なので、本当に本当にこの慰問演奏の参加にはギリギリまで悩んでいました。 
でも、行ってよかったと思いました。 
こんなに私に有り難いお言葉をいただけるとは思いもしなかったので……。 
歌声は友人達に届いたでしょうか……。 
届いたお礼だったのでしょうか……。 
そんな事も考えながら、片付けをして、職員さんへご挨拶をして、次の会場へ向かいます……。
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   <title>少しずつですが取り敢えず　東北被災地慰問演奏８月２９日篇</title>
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   <published>2011-09-25T14:59:13Z</published>
   <updated>2011-09-25T15:00:57Z</updated>
   
   <summary>NPO法人夢のはな奏であい（http://yumekana.org/）の「音モダ...</summary>
   <author>
      <name>Naka</name>
      
   </author>
   
      <category term="体調・健康" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
      <category term="精神的雑談" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
      <category term="震災支援" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
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      NPO法人夢のはな奏であい（http://yumekana.org/）の「音モダチプロジェクト」のコーラスグループ「歌・謡隊（うた・うたいたい）」に参加した時の様子を色々と綴っていきます。 

朝９時…… 
既に皆が待っていた。 
車2台で移動をするので、集合は学校前だった。 
だった……の……だが。 
みんな早いなー。 

衣装……違う。着替えやらPCやらの入った鞄をトランクに、その他の鞄を空いた席に置いて、全員集合を待つ。 
車は、基本的に各パート（ソプラノ、メゾ＆アルト、テノール＆バリトン）が必ず一人ずつ乗っているということが決まり。 
私は、各パート一人ずつの計5人乗りの方に決まっていた訳で。 
まぁ、練習不足も有るので、道中練習出来るようにという配慮ではあった……はずだが、あとでとんでもないことに……　いやいや。そんな大それた事では無いです。 
全員集合して、よし出発ー！！！ 

      <p>NPO法人夢のはな奏であい（http://yumekana.org/）の「音モダチプロジェクト」のコーラスグループ「歌・謡隊（うた・うたいたい）」に参加した時の様子を色々と綴っていきます。 </p>

<p>朝９時…… <br />
既に皆が待っていた。 <br />
車2台で移動をするので、集合は学校前だった。 <br />
だった……の……だが。 <br />
みんな早いなー。 </p>

<p>衣装……違う。着替えやらPCやらの入った鞄をトランクに、その他の鞄を空いた席に置いて、全員集合を待つ。 <br />
車は、基本的に各パート（ソプラノ、メゾ＆アルト、テノール＆バリトン）が必ず一人ずつ乗っているということが決まり。 <br />
私は、各パート一人ずつの計5人乗りの方に決まっていた訳で。 <br />
まぁ、練習不足も有るので、道中練習出来るようにという配慮ではあった……はずだが、あとでとんでもないことに……　いやいや。そんな大それた事では無いです。 <br />
全員集合して、よし出発ー！！！ <br />
</p>
      
で、道中では質問攻めですよ。 
自分の名前（HNでなくて、本名ね）の由来とか、その辺りを根掘り葉掘り。 
ついでに、あだ名（というか、本名の下の名前の読み方を変えただけ。ですが、実際に家の系統にその名前の人がおりましてですね……うん。多くは語るまい）で呼ばれることに。 
フレンドリーに車内のムードも良くなってきた所で 
「そうだ、ちっこいキーボードあるんだよね。少し練習しようか」 
ということで、練習を始めましたが、キーボードが2音しか鳴らない。どうしよう！？
そこで「てれれれってれー！iPad！！」 
ピアノアプリを入れてて、8音まで同時に鳴らせるので、コレも使って車中で練習を。
うん、やっぱり音取りにくい譜面だよねーとか言いつつも、「あ、ここのハーモニーうまく行ったんじゃん？」とか「あー、ここが皆苦手なんだなー」という細かい問題が。でも解っただけでもイーじゃん！イーじゃん！スゲーじゃん！！ 

で、途中休憩で那須SAへ。 
次の安達太良SAでうまい蕎麦食べるよーというのにもかかわらず、他のメンバーは「鮎食ってる！！」「きゅうり（浅漬）食ってる！」 
結構食い意地の貼ってるメンバーだったようです。 
で「車中何してた？」「え？練習してたよ？」「え？マジ？うそ！！」 
……車が違うだけでこうも違うという……（笑） 
さて、軽く休憩した所で、次へ次へと。 
ついでに練習もしたり、iPadに入れてる動画でザ・ピーナッツのシャボン玉ホリデーの動画とか、信長と蘭丸の動画とか見たりしてたり。 
でも、練習は続くよどこまでも……。 
そして、安達太良SAでおいしいというお蕎麦を……箱そばというのを……大盛りで……私も結構食い意地の貼ってる人間だということで。（蕎麦に関しては） 
で、食べ終わって「……ちょっと物足りない……」の一言に他のメンバーは「なんつー大食いなの！？」というお言葉を……。 
他のテーブルでのメンバーで「食べ切れないー」というので、それをいただきました。はい。ごちそうさまでした。 
おいしいお蕎麦は心を豊かにします。そば湯飲んでふふふー♪と。 
そんな中、民主党代表選ですよ。 
私の心のなかは「そんな事している前に、とにかく被災地の復興と、原子炉の処置だろうよ」だったんですがね。 
先生がTV中継を食い入るように見ておりました。うん。やっぱりとにかく凄く大変な時期に誰が代表になって、この先どうやっていくのか。 
とにかく、震災に見舞われた被災地への支援等はどうするのか。 
その人達のケアはどうしていくのか。 
私達に出来ることはなんなのか……。 
少し、大きな疑問等を心に潜めつつ、車に乗り込み急げや急げ。 
早くに宿につかなくてはー。 
と車に乗り込み、目的地へ……。 
車中では、練習を。 
個人個人で苦手な所をかいつまんで練習。 
うん。だいぶ良くなってきたね。 

という頃に、平泉の中尊寺へ。 
つい最近、世界遺産となった金色堂を観てきました。 
時間ギリギリとは言え、色々な納棺物だったり、見事な写経だったりをみて、金色堂も…… 
はい。なんというか、自分に取ってお寺さんは、お力を頂ける神聖な場所であり、唐から伝わって、今に繋がる技術や細かな紋様の移り変わり等、色々と学べる場所で有りました。 
うーん。朱印帳を持ってくればよかったーと思ってたのだけど、持って来てなかったので、お札を頂いてまいりました。 
そして、そのあと、弁慶のお墓も見たのですが…… 
うん。実は大きな碑石の裏にあるちっこいのが本物だったりするのよというのはまぁよくある話で。 

さて、日がくれてきたぞ、急げ急げと宿へと向かいました。 
部屋は4畳半1部屋4人。ちょうどいいね。しかもお風呂（温泉）は24時間入れるし。 
夕飯をしながら、「練習少ししたいねー。しなくちゃねー」という話も出てくる訳です。 
夕飯後は、ちょこちょこ部屋に集まって練習してたり、酒盛りしたり（あれ？）、ストレッチしてたり、やっと、音がまとまってきたねって所で解散。 
そして、先生はお酒でグースカ。 
みんなでお布団に乗せてよっしゃー寝ようぜ。 
ってことで、とにかく一日目は終わる。 
二日目から演奏ですよ。 
そして、私は自分の心との対決です。 
何かは、次の日記にて……
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   <title>取り敢えず移行完了</title>
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   <published>2011-08-06T07:04:42Z</published>
   <updated>2011-08-06T07:06:01Z</updated>
   
   <summary>MTのバージョンを4から5へ上げてみた。 取り敢えず大変だった。 大変すぎてエラ...</summary>
   <author>
      <name>Naka</name>
      
   </author>
   
      <category term="雑談" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   

   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://k-otomekairo.com/blog2/">
      MTのバージョンを4から5へ上げてみた。
取り敢えず大変だった。
大変すぎてエラー出まくり。
サポートに聞いてしまった。

うーむー。
ちょっと使いづらい感じがするのは気のせいかな？
      <p>MTのバージョンを4から5へ上げてみた。<br />
取り敢えず大変だった。<br />
大変すぎてエラー出まくり。<br />
サポートに聞いてしまった。</p>

<p>うーむー。<br />
ちょっと使いづらい感じがするのは気のせいかな？</p>
      
   </content>
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